探偵ナイトスクープと宮っ子のみんなで救出した津門中央公園のお地蔵さんが、またいなくなっています。
(撮影:黒木さん)
4月5日のお地蔵さんがいなくなって、4月21日に石田探偵と共に、依頼主のpekeさんがお地蔵さんを救いだしました。
こんな感じで完全復活を遂げたお地蔵さんでしたが。詳しくは探偵ナイトスクープ番組の動画か記事でどうぞ。
9月17日(水)の17時44分、西宮つーしんにこのような情報提供が寄せられました。
昨日まであったと思うのですが今通ったら根本からお地蔵さんが居なくなってました💦また落ちちゃったんでしょうか…
まさか。何かの間違いかと思いました。とりあえず、探偵ナイトスクープに登場したpekeさん、タロンさん、黒木さんに状況をお伝えしました。
そして、お地蔵さんの現在の状況を確認するために、19時ごろに現場に到着しました。
ほんとにいなくなってる
Nさんが言ってたように根本から、またお地蔵さんがいなくなってます。
後ろに転がってないか、見ましたがお地蔵さんはいません。
また落ちてるかもしれない。
肉眼だと、こんなくらい暗い。ここで、pekeさんや黒木さんと合流します。
昼間になるレベルの超強力なライトで川を見てみますが、
キラキラしてるチヌの子供が見えるだけ。濁りがひどくて川底は全く見ません。あと、時間的に満潮だったことも理由の一つ。明日に出直そうかと話していると
「お地蔵さん、あれいない?」
お地蔵さんにお参りに来たという釣り帰りの1人の男性が通りがかります。名前はロッキーさん。宮っ子です。
「ここのお地蔵さんがまたいなくなっちゃったんです」と話すとびっくりされて。。。探偵ナイトスクープも見ていただいてました〜
「僕ここ降りれますよ」
またしても宮っ子ヒーローがやってきました。
でも、そもそも落ちてるか不明ですし、夜ですし、明日の干潮の12時ごろに見にいきましょう、ということになって一旦解散します。
9/18(火)に動きが
朝の8時ににしつー事務所に一本の電話がかかってきます。(えらい早い時間にかかってくるな〜、と電話に出ると)
「お地蔵さんがいなくなってます」
聞くと、ナイトスクープの依頼主のお二人が川で何かしていたと。
(前回のナイトスクープ時の写真)
あ、pekeさん夫婦や!(みやたんカラー)
とっさに思いました。
pekeさん夫婦からLINEが届く
9時にpekeさん夫婦からLINEが届きます
前掛けが流れているということは。。。
- 出勤前というタイミング
- たまたま前掛けが流れて
- その辺にあった熊手
お地蔵さんが、pekeさんにSOSを出しているとしかないような状況ともいえます。
問題はお地蔵さんがどこにいるか。。。
そして、次の写真で決定的となります。
これは落ちてる
しゃちょ美も現地に到着
しゃちょ美はこの日、午前中に別取材があって、
現地に到着したのは11時ごろに。この時pekeさんは自宅に戻って現地にいませんでした。
夜とは違い周囲がよく見えるので、みていきましょう。
夜と同じく、やはりお地蔵さんはいない。
すぐ川の横にキノコ。以前、お地蔵さんがいたときに記事にしました
川をのぞいています
確かに赤いのが見えます。
ズームします。
やはり、お地蔵様が落ちているのは間違いなさそう。
と、しばらく待ってるとpekeさんと合流しまして
朝にすくい寄せた前掛けを見せてもらいます。
最初に川に流れているのを見つけた時、「まさか!」って思って、スマホで撮って拡大したら、結び目を見つけて、慌ててすくい出したとのこと。
干潮の時刻が近づいてまして
さらに川の水が引いてきて、赤い部分と、お地蔵さんの胴体と思われる部分が見えてきました。
拡大すると、やはり胴体部分かと。
さらに、線香立ても川に落ちていました。なんとしても救い出さないと。昨日の夜に出会った宮っ子ヒーローを待ちます。
pekeさん。探偵ナイトスクープでお地蔵さんを救ったあとに、このお地蔵さんのルーツを調べるために、西宮郷土博物館で「西宮に地蔵」という書籍を見つけたんだそう。
よくよく考えてみると、ここのお地蔵さんのルーツ、由来はよくわかっていませんでした。
昭和40年8月にできたことは、ここには彫られています。
書籍に、このお地蔵さんのことが書かれていました。これは調査したときの写真で今と少し違います。
書かれている内容は下記
名称:無し
場所:津門住江町10 東川沿い
地蔵の総数と形状:祠なし。1体あり。a丸彫b立像c右手に錫杖(別材のもの)
左手は コンクリートで固められている。左横には、 何かわからない石が立てられている。
地蔵盆の有無:無し
聞き取りしたこと:調査するも、詳細わからず。ただしよだれ掛けは新しいものに替えられている。
銘文や参考文献など:台石の背面には「昭和四十年八月吉日建之」と彫られている。
何かわからない石については、現在は無くなっている模様です。
地蔵盆もなく名称もないため、詳細がわからない。ただ昭和40年に建てられた可能性があるという感じです。
背面ではなく側面に、このような文言が彫られていたのですが、「西宮の地蔵」の書籍には書かれていません。書籍の制作以降に掘られたものなのでしょうか?
フォントも違う気もしますし、別の人が掘ったか、時期も違う可能性もあります。
「鐵城李氏」というのを調べると、韓国や朝鮮半島の氏族の一つということだけはわかりましたが、その方とこのお地蔵さんを結ぶ証拠はわかりませんでした。
お地蔵さんの由来は後々調べることにして、
まずは、お地蔵さんを救出しないと、
(徐々に記事を更新していきます。ので、何度も見にきてくださいね〜。一旦更新が終了したら、ここの文字は消えます。)